産業構造2026-07-10 公開監修:山根一城(株式会社ポテンシャライト)

IPの海外展開でいま何が起きているか — クールジャパン戦略と20兆円目標が生む採用需要

この記事の要点

「アニメが好きで、この業界に関わりたいんです。ただ、具体的にどんな仕事があるのか、正直よく分からなくて」

IPクエストの立ち上げにあたって、アニメ・マンガ・ゲーム業界への転職を考えている方から、こういう相談を何度も受けてきました。皆さまの中にも、「好きな作品が海外でヒットしている」というニュースは目にしても、その裏で誰がどんな仕事をしているのか、具体的に想像できていない方は多いのではないでしょうか。

率直に言うと、この業界の「海外展開」という言葉は、あまりに広い範囲を指しています。今回は、政府が掲げる産業政策を手がかりに、なぜいまIPの海外展開を担う人材の採用需要が広がっているのか、そして実際にどんな仕事があるのかを、採用市場に近い場所から整理してみます。

0. 前提 — IPの海外展開は「一部の大手だけの話」ではなくなっている

まず誤解を解いておきたいのですが、IPの海外展開というと、大手出版社や大手ゲームメーカーだけの話だと思われがちです。誠にありがたいことに、実際にはそうではありません。中小規模のスタジオや、アニメ制作会社、独立系のゲームスタジオまで、海外のプラットフォームや配信事業者と直接契約を結ぶケースが増えていると、僕は現場の採用担当者から聞くようになりました。

この前提を持っておくことが、今回の話を理解する上で重要です。「海外展開=大企業の海外事業部の仕事」という狭い理解のままでは、実際に採用需要が広がっている中小・成長企業の求人を見落としてしまいます。

1. 何が起きているか① — 政府が「20兆円」という数字を掲げた

2024年6月、政府の知的財産戦略本部は「新たなクールジャパン戦略」を策定したと報じられています。この戦略では、コンテンツを含む分野の海外展開額を2033年までに20兆円規模へ拡大するという目標が掲げられたとされています。この数値の定義・算出範囲は年度ごとの公表資料で更新されるため、最新の一次情報は内閣府・知的財産戦略本部の公表資料で確認していただきたいのですが、政府が中期の国家戦略としてIPの海外展開を明確に位置づけたこと自体は、採用市場にとって重要な意味を持ちます。

経済産業省も、コンテンツ産業をクリエイティブ産業の柱の一つと位置づけ、海外展開支援や人材育成に関する施策を継続的に打ち出していると報じられています。加えて、高市政権では文化・ブランドの輸出を産業政策の柱として扱う方針が示されているとの報道もあり、「アニメ・マンガ・ゲームは日本の文化資産であると同時に、輸出産業である」という捉え方が、これまでよりも明確に政策の言葉として語られるようになった、というのが僕の理解です。

政策目標というのは、それ自体が直接雇用を生むわけではありません。しかし、こうした国家目標が掲げられると、補助金・支援施策・展示会や海外商談の後押しなど、実務側の予算配分が動きます。そして予算が動くところには、それを実行する人が必要になります。これが、政策の話が採用市場の話につながる最初の接続点です。

2. 何が起きているか② — 海外市場がもはや「前提」になっている

2つ目の変化は、市場そのものの構造です。一般社団法人日本動画協会が毎年公表している「アニメ産業レポート」など業界団体の資料では、近年アニメ関連の海外売上が国内市場規模に近づき、指標によっては上回ったとする報道が続いています。ゲーム分野でも、海外売上比率が国内を大きく上回る企業が少なくないと報じられています。正確な比率や算出方法は各団体の最新レポートで確認していただく前提でお伝えしますが、「海外はオプションではなく前提」という構造の変化が起きていることは、業界の中で働く方々の実感とも一致しているのではないでしょうか。

この変化は、僕が採用の現場で見ている求人の変化にも表れています。数年前までは「海外事業部」という独立した部署の求人が中心でしたが、最近は制作サイドの求人票にも「海外展開を前提とした企画立案経験」「英語での海外パートナー折衝」といった項目が並ぶようになりました。海外展開が、事業の一部門の仕事ではなく、企画段階から組み込まれるべき前提になってきている、ということです。

3. 「IP海外展開の3階建て」というフレーム

ここまでの構造変化を踏まえて、実際にどんな職種があるのかを整理します。僕が転職相談の場で使っている整理の仕方を、そのままお伝えします。IPの海外展開に関わる仕事は、次の3階建てで捉えると分かりやすくなります。

1階(作る層):作品そのものを企画・制作する層です。監督、プロデューサー、原作者、アニメスタジオ・ゲームスタジオのスタッフなどが含まれます。この層は海外展開の「原資」を作る役割であり、必ずしも海外展開の専門知識が必須というわけではありませんが、近年は企画段階から海外市場を意識した座組づくりができる人材の価値が上がっていると感じます。

2階(権利を管理・許諾する層):完成した作品・キャラクターの権利を管理し、海外の事業者へライセンス許諾を行う層です。ライセンシング担当、版権管理、契約に関わる法務などが含まれます。この層は、権利の構造や契約実務の理解に加えて、社内外の信頼関係の蓄積が必要になるため、未経験からの入口としてはハードルがやや高めです。この職域の全体像については、ライセンシング・MD領域のキャリアについて書いた記事で詳しく整理していますので、あわせて読んでいただければと思います。

3階(海外市場に届ける層):海外マーケティング、現地パートナーとの折衝、配信・流通事業者との交渉などを担う層です。語学力や海外の商習慣への理解が求められますが、他業界でのマーケティング経験や海外営業経験を持つ方が、業界経験がなくても転職しやすい入口になっているというのが僕の実感です。海外マーケティング職の実務について書いた記事でも、この層の求人の見方を解説しています。

「アニメ・ゲーム業界に興味があるけれど、クリエイターではない自分に何ができるのか分からない」という相談を受けたとき、僕はまずこの3階建てのどこに自分の経験が接続するかを一緒に考えるようにしています。制作経験がなくても、マーケティングや語学力、海外営業の経験があれば3階から入る道は十分にあります。

4. 採用需要が広がっている領域を見極める3つの視点

ここまでの構造を踏まえて、実際に求人を見るときにチェックしてほしい視点を3つ挙げます。

①「海外展開の実績」ではなく「海外展開の意欲」を見る。中小規模のスタジオの求人では、まだ海外展開の実績が少なくても、経営方針として海外展開を明確に打ち出している企業が増えています。求人票の実績欄だけでなく、経営者や事業責任者の発信を確認してみてください。

②新設ポジションか既存ポジションかを見る。「海外事業を新設するための一人目採用」なのか、「既存の海外事業部の欠員補充」なのかで、求められる裁量と難易度が大きく変わります。前者は事業の立ち上げに関われる分、不確実性も高くなります。

③版元・製作委員会側とスタジオ側の違いを理解する。版元や製作委員会側の海外展開担当は、複数作品のポートフォリオを扱う立場になりやすく、スタジオ側は自社作品に深く入り込む立場になりやすいという傾向があります。どちらが自分に合っているかは、キャリアの方向性によって変わります。この違いについてはIPプロデューサーという仕事について書いた記事でも触れていますので、参考にしてください。

誤解がないように申し上げると、政府の目標や業界団体の統計は、あくまで市場の「風向き」を示すものであり、個別の企業や求人の質を保証するものではありません。同じ「海外展開担当」という肩書きでも、実務内容は企業ごとにまったく異なります。大きな数字に安心して応募先の見極めを怠ると、入社後のギャップにつながりやすい点は、はっきりお伝えしておきたいと思います。

(結論)IPの海外展開は「政策」と「市場」の両輪で動いている

まとめます。①政府は2024年6月策定のクールジャパン戦略で、2033年までの海外展開額20兆円という目標を掲げたと報じられている。②アニメ・ゲームの海外市場は国内市場に近づき、一部で上回ったとする資料もあり、海外が前提の市場に変わってきている。③IPの海外展開の仕事は「作る層・権利を管理する層・届ける層」の3階建てで整理でき、未経験は3階から入りやすい。④求人を見るときは実績より意欲、新設か既存か、版元側かスタジオ側かの視点を持つ。

政策の数字だけを見て「業界が伸びているらしい」と捉えるのではなく、その数字の裏で実際にどんな仕事が生まれているのかを、自分の経験と接続させて考えてみてください。

皆さんいかがでしたでしょうか。まずは適性診断で、ご自身の経験がIP海外展開のどの階層に接続するかを確かめてみてください。では今日もがんばりましょう。

よくある質問

Q. クールジャパン戦略の『海外展開額20兆円』とはどんな目標か

政府の知的財産戦略本部が2024年6月に策定した『新たなクールジャパン戦略』で、コンテンツを含む分野の海外展開額を2033年までに20兆円規模へ拡大するという目標が掲げられたと報じられています。数値の定義や算出方法は年度ごとの公表資料で更新されるため、最新値は内閣府・知的財産戦略本部の公表資料で確認することをおすすめします。ただし、政府が中期の産業目標としてIP海外展開を明確に位置づけたこと自体が、採用市場側の求人増加を後押ししている構造は変わりません。

Q. IP海外展開の仕事はどんな職種があるか

僕は現場感覚から『3階建て』で整理しています。1階は作品を作る層(監督・プロデューサー・原作者・スタジオ)、2階は権利を管理・許諾する層(ライセンシング担当・版権管理・法務)、3階は海外市場に実際に届ける層(海外マーケティング・現地パートナー折衝・配信/流通交渉)です。未経験から入りやすいのは3階、経験と信頼の蓄積が必要になるのは2階、1階は制作側からのキャリアパスが中心という傾向があります。

Q. アニメ・ゲームの海外市場は本当に国内市場を上回っているのか

一般社団法人日本動画協会の『アニメ産業レポート』など業界団体の公表資料では、近年アニメの海外売上が国内市場規模に近づき、一部指標で上回ったとする報道が続いています。ゲーム分野でも海外売上比率が高い企業が多く見られます。ただし集計方法や対象範囲によって数値は変動するため、具体的な比率は各団体の最新レポートで確認することを前提に、『海外がもはや前提の市場になっている』という構造の変化として捉えるのが実務的です。

監修:山根 一城(株式会社ポテンシャライト 代表)

IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。

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